« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

EMO微熱

最近再び自分の中でEMO熱が微妙に高まりだしてます。
ふと聴き直した「THE FIRE THEFT」がえらいカッコ良かったせいなんですけど、
このファイアセフトっつーのはEMO好きなら知らない人はいない、
SUNNYDAY REAL ESTATE」同メンバーによる後身バンドで、
彼ら自身、「シーナアンドザロケッツこそロックだ」と言わんばかりに、
EMOの元祖とも言えるバンドなので、
まあ彼らについてはもう散々語りつくされてるでしょうけど、
結局何回聴いてもうっとり出来ちゃうエモバンドってのは、
もうここまでこの手の音が氾濫している今、
俺にとっては案外少ないわけです。
だから、再び高まっているとは言ったものの、
なにか新しい音源を聴こうとかっていうところまではまだ来てなくて、
単に、古い音源の中から、今聴いてもかっこいいな、ていうのを、
ちょいちょい聴いてるっていうだけに過ぎないんですけど。
まあ、だから単純に言えば趣味の音楽消費なんだろうけど、
でもEMOというジャンルがなかった頃のEMOがやっぱりすごく好きで、
ネイト・メンデルのベースがとにかく大好きだし、
ジェレミー・エニックの世界観は美しすぎるし、
声も曲も最高にかっこいい。
みんな腕あげて帰ってきたなって感じだし、
特にドラムのウィリアムは相変わらずいい仕事してるし、
さらにグルーブが心地よくなってる。
是非生で見たいバンドです。

VROOMのメンバーはこぞって2月のTOOLの来日ライブに行くらしいんだが、
まあ、金があれば俺も行きたかったんだがw、
もうね、俺が心底来て欲しいバンドってなかなか日本まで来てくれなくてね、
例えば、かっこよさ+優しさがあるバンドが俺は好きなのかもしれませんね。
だからTHE MARS VOLTAよりSPARTAだし、
THE USEDも初心に帰れる音出してくれて好きだったし、
JOSHUAもSUNNYDAY REAL ESTATEと同じ匂いがするし、
最近だと31Knotsの生々しい混沌っぷりも久しぶりにハマり直してます。
あと、すごく影響を受けたのはSTAR MARKETです。
ちょっと安っぽいかもしれないけど、20才ぐらいの頃、
俺のエモ欲を一番消化してくれたのはAT THE DRIVE-INとSTAR MARKETなんです。
STAR MARKETは、ものすごく好みが分かれそうな声色なんだけど、
そのかわり誰かに似ているということもなくて、かつ曲がすごく良かった。
こういうのが好きな人はほんと、友達になりましょうって感じですw。
mixiでもやれよ、て感じですけど。
話し出すと長くなって収拾つかなくなってしまうので、
名前を羅列しただけで終わってしまうことにします。

見えるかわかんないけど、YOU TUBEに唯一あった、
THE FIRE THEFTのTVライブの動画おいときます。
見たほうがわかると思いますのでね、この本物っぷりは。
他にもいっぱいかっこいい曲あるんだけどね。

どうだった?

vroomtheband.info

| | コメント (0) | トラックバック (0)

そのまんま東みたいな髪型

先日の柏ALIVEでの典企画、来てくれた皆様ありがとうございました。
とりあえず今月のライブはこれをもって終わり。
一息ついて、来月は仙台を含め面白そうなライブが目白押しなので、
色々とやることやっとかないとな!

・・・いや、そういう意味じゃなくて。

でもほんとうに、バンドも仕事も、
前よりどんどん充実してきてます。
こんなマイペースな俺には身に余るくらいに。
周りにいる人には本当に感謝してます。

ちょっと話はそれるけど、
昔はネット上とかで、仕事のことなんかいっさい言っちゃいけない、
みたいな気がしていたんだけど、
やっぱほら、生活感出しちゃいけないのかなとか、
芸術家ぶらなきゃいけないのかな、とかさw、
いつの間にやらそういうの無くなってました。
というか、まあこのブログを書き始めた頃には既に無くなってたっぽい。
だって仕事できなきゃバンドできねえもん。
当たり前さね。

で、3日前の柏ALIVE。
俺にとっては初めての土地であり、うちのGtの敞一君にとってはもう、
地元の溜まり場みたいなところだったりで、
それに企画者の典も柏を拠点にやってるし、
茨城や大阪のバンド、ボーカルがクウェート人のバンドが参加してたり、
東京から車で行けば、たかだか1,2時間の場所なのに、
その人の、そのバンドの「土地柄」というものをすごく考えさせられたな。

この土地を拠点にしているからこそ、こう考える。
最終的にはここへ向かう。

そういうことに、土地というものがすごく影響を与えていることを、
改めて強く感じました。
メンツもみんなカッコよかったし、
本当に色々と考えさせてもらえた良いイベントだったな。
何だってやってみないとわかんないんだからどんどんやればいいんだよ。

翌日はメンバーみんなで某バンドのギタリストの、
結婚式2次会パーティに、某ライブハウスへ行ってまいりました。
もうマジ泣きそうに感動したわ、前半。
バンドが会場を最高に盛り上げる中到着すると、
主役の二人が見つからねえなと思ったら、
途中でステージに上がってきて、それがもうきれいなお嫁さん姿と、
いつになく男前な新郎、が、
そのバンドのボーカルと友情の抱擁、会場超盛り上がる。
終始そんなシーンの連続だった気がする。
本当に行って良かったし、
ある意味バンドマンの結婚式の一つの見本ではなかろうかと。
俺があまりそういうのを見たことないだけという人もいるかもしれないが、
でも見本ていうと言葉おかしいけど、
進行がどうとか企画がどうとかそういうんじゃなくて、
音楽と仲間と心意気だぜ、みたいなね。
お幸せに。

今週木曜日深夜はラジオでVROOMの曲がかかりますので要チェックでお願いします。
http://vroomtheband.info/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

はっきりしない物言い

よくよく考えたら「旅部」と銘打っておいて、
トップ画像が吉祥寺っていうのもおかしかろう、
といまさらふと思う。

かといって他にグッとくるテンプレートも無く。

好きだし、吉祥寺。

だいたい、物理的な旅ってもの自体滅多に行けないし、
「"心の旅"って意味だ」的なあからさまなこじつけで、
自分を騙し騙し一年ほどやっているのに、
まだ記事数が50以下で、
そのペースゆえ余計に慣れてきた部分が大いにあるわけですが、
そろそろがらっと変えても良いかもよ、俺。
まあ何でも良いんですけど。
内容が良ければ白地に黒文字でも良いんだよね、実は。

でも最近ひんぱんに書いている気がしますなあ。
あくまで以前と比較してですけど。
ここでもうちょっとバンドの告知もしたいっていうのもあってね。
でも告知用のブログにはしたくないしさ。
仕事から帰って飯食って、
ちょっとバンドの仕事(サイトの更新とか)したり練習したりして、
ビール片手にテレビでも見ながらネットして、
ああじゃあなんか書くかなあ、つって、
正月あけてからライブ以外の日はそういう感じで落ち着いてるからな。

けどなんか仕事もあんまうまいこといってなかったんだよね最近。
なんか俺が担当しているところが余り業績が伸びなくてさ。
やべーコレ俺使えねーヤツとかぜってー思われてんなーと思って、
俺なりに結構頑張ったりしてたんだけどね。
まあ、ここでは仕事の内容は言いませんけどw。
駄目だったらまあ他のやり方でやればいいよ、とか言ってもらっちゃって、
実際違うやり方でやることになったんだけど、
とにかく、普段の生活はこれで少し平穏を取り戻してるね。

どっかで聞いたことある話ではあるけどさ、
結局仕事って一日の大半携わらざるを得ないから、
仕事がつらい=人生の一部はつらいということになってしまう、と。
なんか誰かに言われたのか、何かで読んだのか忘れたけど。
でも確か統計が実際にあって、
男女間の夜の営みも、仕事がうまくいっている人のほうが、
うまくいっていない人よりも回数とか多いらしいよ。余談だけど。
バンドをやる以上、職業選択(バイト含む)は犠牲にしなくちゃいけない、
と今までずっと思っていたけどね。
犠牲にしてる場合じゃないんだよね。
何の経験が何に生かされるか、それを常に考えていなきゃいけないし、
でもやってみないとわかんないという。
まだまだやってみたいことがいっぱいあるので、
楽器の腕も磨いて、いろいろな勉強もして、
30代につなげるとw。
なんかやっと抱負らしいものが出てきたな。
再来年の正月までは同じ抱負かもな。

話は変わるけど、先週の月曜日の成人式、
新宿のLiveFREAKでレピッシュのMAGUMIさん(Vo)がソロライブをやっていたので、
仕事帰りに見に行ってきました。
レピッシュ自体は中学生のときから大好きだったのに、
まだ一回もライブに行ったことが無かったので、
初めて見れて良かった。
ああ、ビデオのときと動きとか同じだ、とかいって。
シンガーとしてはわからないけど、
ロックボーカリストとしての声量、表現力、迫力、オーラはマジ最高。
レピッシュのライブも見たかったなあと激しく後悔。
既にメンバー脱退してて、もう最盛期のステージは見れないだろうからな。
俺にとってはAT THE DRIVE-INに対する後悔と同じだね。
けどこの日はゲストのHONDA LADYが一緒にレピッシュのカバーしたりして、
結構見ごたえあってほんと行って良かった。
高校生の頃やっていたバンドで、一回だけHONDA LADYと対バンしたことがあって、
その旨をメンバーさんに言ったらステッカーくれたw。どうもです。
上田現さん戻ってきてくれないかなあ。

そういえば筋肉少女帯が再結成するらしいな。
筋少も中学から高校にかけてすごい聴いてたなあ。
筋少は何回かライブ見に行きました。武道館とか。
だからまあ、レピッシュやらの様な後悔感は無いんですけどね。
中学生の僕にとって、
ギュウギュウ詰めのフロアでファンの女の人が怖かったです。
今回の再結成は、初期メンバーの三柴理(pf)氏もサポートするらしいので、
それはちょっと見たい気がする。すげーんだろうなーもう。

なんか今日は愚痴と思い出話で終わっちまったなw。
大丈夫なんかな、金曜日俺ライブなのにな。
これが心の旅なのかな。

ライブは20日金曜日・柏ALIVEです。千葉方面の方、是非遊びに来てください、
どうぞよろしく!

http://vroomtheband.info/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

横浜ARENA GLAYライブレポート!

というわけで、
横浜アリーナではGLAYが四万人ほどお客を呼んでコンサートを楽しく繰り広げる中、
その一階のARENA SOUND HALLでライブしてきました。
四谷OUTBREAKと横浜ARENA SOUND HALL(以下、YASH)との共同企画っつーことだったけど、
まあとにかくYASHの最高の音響と照明で、OUTBREAK一押しのバンド達が暴れまくる!
という趣旨だったような気がする、個人的な印象としては。
このイベントほんとに面白かったわ!出てるバンドも面白いし、音もむちゃくちゃ良いし。
ステージは広いし、モニターもしやすい。
まあ、モニターは別になくてもやれるけど、良いとやっぱ感動するよねw。
照明の良さは今度うちらのサイトにアップするから見てくださいな。
いつもの松下さんの写真ではなく、
おそらく普段OUTBREAKに出ているバンドさんたちとは、
懇意のカメラマンさんなんだろうな、
すごくいい方で、写真も素晴らしいのでお楽しみに。

写真家 池田マサアキさんのサイト。
http://soulgraph.web.fc2.com/

んで、とにかく出ていたバンドさんみんな素晴らしかったです。
内核の輪も最高だったし、_ _ _ _ *(テイヘン)は初見だったけど、
かなり俺好みですあのバンド。なにあの濃さ。破壊力高過ぎ。
スイスのPRESSIONもすごくフランクないい奴らだった。
また一緒にやりたいなあ。
奴らのMCの一言目が「こんにちわ、私たちは、グレイです」だもんな。
PRESSIONのギタリストに、楽屋で「お前のギターは素晴らしい!」とか言われたんだが、
どうも内核の輪のギターさんと見間違えたらしいw。どうもすみません。
そういえばライブハウスに到着したとき、関係者用の駐車場でGLAYのメンバーと一緒になったよ。
サングラスしてたから誰だかよくわからなかったけどまあいっか。

その後、打ち上げのために四谷に戻ると、
既にPRESSIONはホテルへ帰っていたんだが、
先週対バンしたDjizoesと合流。
久しぶりに英語で話したらガンガン汗かいたよ。
でもいろいろ面白い話も聞けたよ。
まあ、あくまで俺の英語のわかる範囲でだけどね。
でも、ただの知識を聞かされるより、
当の本人が言うことってやっぱ説得力が違うんだね。
なんつうか、その事実について、そいつが肌身で感じていることならば、
喋っている表情や目や、声のトーンにそれが出てくるし、
なんかそれは聞いてるこっちも、言葉じゃない部分で感じ取れるというか、
その場で理屈で分析しているわけじゃないけどさ、
言葉+αでなんとなくわかる気がするんだよね。

DjizoesのVocalのやつは、常にハイテンションだった。
去年のBLACK RAINや今回のスイスのバンドのメンバーもみな、
ヨーロッパ人ということもあるのかないのか知らないが、
「話をするときは一対一でじっくり話す」みたいな印象があったのだが、
ヤツだけは違った。
常に人の輪の真ん中で、誰よりもデカい声で片言の日本語を叫ぶ。
「ニッポーン!イチバーーン!!!スイーース!ニバーン。」
みたいなもうどうしょうもないこと言ってんだけど笑いはとれるじゃん。
こういうのってカリスマ性って言うんだろうなあ。
言葉の通じない国でガンガン前に攻めて酒飲めるなんて、
なかなかパワーのある奴だなと思った。

実はDjizoesもこの日YASHで対バンしたPRESSIONも同じスイス出身で、今日がジャパンツアー最終日。
この打ち上げを終えたら翌日にはスイスに帰ることになっていたのだが、
いよいよもうホテルに帰るとなると、Djizoesのスタッフ「スイスに帰りたくねー!」と泣きじゃくる。
笑顔でお別れだけど涙が出ちゃう、とかじゃなくて、
「やだよもう、帰りたくねえよぉ・・・うぇーん」みたいな。泣くっつーか、ぐずりだす。
もうね、こりゃ逆世界ウルルン滞在記だったよ。
あんな本気で泣いてる外人を目の前で初めて見たし、
俺も泣いている外人を英語でなぐさめたの初めてだったわ。

夜が明ける前には四谷を発ち、明るくなるまで飲み続け、
ようやく帰った頃にはもう昼前だった。
みなさんお疲れ様でした。素晴らしい一日をありがとうございました。

せっかくなので一枚だけ写真載せときます。
Vroom_yokohama0113


続きはこっちで載せます
VROOM WEB SITE

| | コメント (0) | トラックバック (1)

北海道の旅

車で青森へ来た。

すっかり冬でちらほら雪が降ってきている。誰かと一緒に来ているとは思うんだが忘れてしまった。
久しぶりに来た青森の景色は少し寂しく、北国ならではの寒さが妙に心地よく、 なぜかそわそわした気持ちになり、 俺はどうせなら北海道へ行ってみたいと思い立ち、青森の木造の古びた旅館をそのまま残して駅へむかった。
辿り着いた駅は意外と大きく、東京駅丸ノ内口を思わせる小さなドーム型の作りで、 西洋風の外見には整備が行き届いてはいたが、やはり少々古くなっているし、 土地柄、雪による汚れが染み付きはじめている感じは拭えない。
北海道の地理はまったく知らなかったが、駅員のおばさんに教えてもらった通りに列車に乗り、なにか聞き馴染みのある駅で下りた。驚くほど速い到着であった。
駅は国道をまたぐ大きな歩道橋の上にあり、雪の降りそぼるなか改札を出ると、駅前の町の風景や遠くの山や林が一望できた。建物はみな分厚く雪が積もっていて、空はまだ夕方前なのにどんよりとしていた。
初めてだった俺は、ここが北海道か、と感動していた。思 い付きで来てしまったので、東京での服装のままだしほとんど手ぶらである。やっぱりこれじゃ寒いかなあと思っていたら、今日はぬるいよ、とグリーンのジャンパーを着たおじさんに言われた。
おじさんは歩道橋の西洋風にあしらわれた鉄柵に寄り掛かっていた。その仕草を見ると、ぬるいとはあまり寒くないという意味らしい。確かに思ったより寒くはない。
俺は適当に宿を予約した。今日はここで一夜を一人で過ごそう。でも一度青森に帰らなくてはならない。一人で来ているわけではない。誰かが待っている。それにしても、ここはとてもすがすがしく気持ちの良いところだ。

帰り道は晴れていたので、電車は使わなかった。。サンサンと輝く暖かい日差しのもと、少々ぬかるんだ道を歩いていく。道幅は10M程あって広く、両側には真っ暗な林があった。
道々に一辺が約1M四方の、灰色の煉瓦で出来た柱が立っている。あまり数は多くはない。
しかしこのぬかるみの中から、その土とまったく同じ色の戦闘服に身を包み、マシンガンを構えた兵隊が10人ほどの編成でぴったりと張りつくように並んで現われたのを見て、俺はここが軍隊用の訓練場なのか、はたまたここで本当に戦争が起きていてドンパチ始まるのかと思い、柱の脇に隠れた。軍隊はぬかるみの中から次々と現われてはまた消えていく。軍隊の男たちはみな同じ顔をしている。まるでパソコンでコピーペーストしたかのように背丈までまったく同じで不気味だ。言葉もまったく発する事無く、その人間離れした動きを繰り返す。目に見える人数もかなり増えてきていた。やはり同じ顔だ。俺は、なんとなく彼らは日本人ではなく、別のアジア系の国の軍隊であろうと直感した。
だが、どうやら俺のような一般人は狙っていないらしい。俺のいる方向に狙って弾丸が来ることはなかった。もし狙われているのなら今頃蜂の巣だろう。俺も行かなくてはならない。柱の脇から出て進行方向に歩いてみた。すぐ脇に、あるいは真っ正面からおびただしい数の同じ顔をした軍人がマシンガンを構えたまま迫ってくる。しかし、指一本触れることはなかった。
しかし直後、こんどは全身紺色の軍服にチャコールグレーの帷子を羽織った、別の軍隊が大勢でわらわらと前方から走ってきて俺の近くで止まった。もう大丈夫だ、とかなんとか言っていたので、ああ、日本軍が来たのだなと思い、別に先の連中に何かされたわけでもなかったのに、俺はなぜだか安心していた。するととうとう戦闘が始まってしまった。
日本軍の攻撃は破壊的に強力で、全身から青白い光の波動を放出させながら単独で敵に突進し、一撃で一塊の敵軍を壊滅させる猛者もいれば、最新鋭のマシンガンでぬかるみもろとも一網打尽にする小隊もいる。一方の敵軍は先程から繰り返している動きを止めることこそないものの、せっかく構えているマシンガンを一発たりとも発射する事無く、ただただ犠牲を増やすだけだった。これはもう、日本軍の圧勝だな、あの奇怪なフォーメーションも侍魂の前では無力だったのだ。逆を言えば、この俺にさえ指一本触れることはなかったのだ。彼らは見た目こそ軍人風ではあるが、ただあのぬかるみから現われては消えていくという動きしかしないのかもしれない。そう考えはじめた頃にはすでに俺はその場に背を向けて青森に向かって歩きだしていた。ただ、彼らはどれほどやられていても、全体的には数が減っていないような印象が少し気になった。

やはりというかなんというか、青森にきた理由はバンドのツアーライブだった。宿に着いて、見慣れた楽器や器材や衣裳が散乱している様子を見て、現実に引き戻されるように思い出したのだが、なぜだか彼らメンバーとも久しく会っていないような気がしてならなかった。一緒にきたんじゃなかったんだろうか。よく思い出せないが、特にそのことに苛立つようなこともなく、俺は部屋を片付けはじめた。
どうしてかというと、この薄暗く侘しく小狭い宴会場のような部屋が今夜のライブ会場だと、何となく思ったからで、気が付くと俺と同じぐらいの年の男が、片付けを手伝ってくれていた。驚いたことにそれは10年来連絡を取り合っていなかったかつての親友であった。
たぶんもう二度と会えないだろうなと悲観していただけに本当にびっくりしたが、特に言葉を交わす事も無く二人でてきぱきと片付けをした。こんなにも久しぶりだというのに二人の息は合っていた。
彼の髪型は当時のまま、金色の短髪で、あいかわらず笑顔が人懐っこい。変わったことといえば、この弱々しい白熱 灯の明かりのせいだろうか、肌が土気色をしている。ちょうどさっきの不気味な軍隊の戦闘服のぬかるみ色のような。
壁になっている仕切りを外すと隣の部屋とつながり、広くなる。また次の仕切りを外すと、一段高くなっていて、それがステージのようだ。こうしてすっかりライブの準備が整うと、いつのまにか彼はいなくなっていた。学生時代、毎日のようにつるんで吉祥寺で遊んだり一緒にバンドをやったりしていた日々が思い出すともなく脳裏に甦ってくる。

夜も零時を過ぎ、ライブもとっくに終わっていて、メンバーとともに、台所つきのリビングのような部屋で打ち上げをしていた。腰の高さほどの、白塗りのテーブル。古くなって傷だらけのシンクの横には、金色のヤカンがガス台で火にかかっている。よくわからない模様の、よくわからない素材のタイル張りの床。よくある実家のお茶の間のような部屋だが、少し気になるのは椅子がパイプ椅子であるということと、シンクの隣の壁に巨大な千手観音像が、壁に張りつくように飾られていることであった。
像の近くに備え付けられた小さな赤いテレビには、今日のライブを録画した映像が流されていた。俺たちはそれを見るともなく、話もこれといった盛り上がりを見せず、乾きものをつまみに淡々と缶ビールや缶酎ハイを空けていく。
ふいに一人のメンバーが俺にこう言った。「君は失格だよ」と。何やら、人としての配慮に欠けている、ということらしかった。
俺は缶ビールを煽りながら、あ、そう?と一度受けとめておいて、とりあえずなぜ突然そんなことを言われたのかを考えてみた。今夜のライブ中に何かやれたはずなのにやらなかったことがあったりしたのだろうか。それともこの打ち上げの間に気遣いの足りないところがあったのだろうか。自分でも知らぬ間にそっけない態度をとった瞬間があったのか。短い時間ではあるが色々と考えを巡らせてみたものの結局わからなかった。
そこそこの量を飲んだ割には全く酔うことはなく、俺たちはそれぞれの個室に戻り、明日の為にも寝ることにした。ジャージのようなものに着替え、体半分布団に入ったところでふと思い出した。俺は今夜北海道に宿をとっているではないか。思い出すと、あの駅前で見た、恐らく地元の人にとっては何の変哲もない、しかし初めて来た俺には感動的だった景色が脳裏に甦ってくる。真っ白な屋根や道路。雪で湿って黒くなった木造の建物の壁。西洋風の洒落た階段や鉄柵。積雪に隠れまいと目立つ真っ赤なラーメン屋の看板。そして何よりあの独特の乾いた寒さ。
今からでも行けるんではないのか。車はあるし、あの時の電車があっという間に到着していたことを考えれば、車でもそれほど時間は掛からない距離なんだろう。
だが、実際のところ自力で行くとなると道はわからない。地図もないし、こんな田舎の山道にはおそらく外灯も全くない、ヘッドライトのみで雪道を行かねばならないに違いない。そういえばもう酒も飲んでいるではないか。まあ、こんな時間に山道で検問をやってることはないだろうし、酔ってはいないが、とにかく雪降りしきる夜中の山道を運転したい気分にはなれなかったし、何よりもうこの布団の温かさを振りほどくことなど出来やしなかった。ああ、でもあの風景は恋しい。予約した宿にも申し訳ない。
少し欝屈した気分になったまま、俺は横になり、それから眠りに堕ちた。厚く雪のつもる土地へ行く夢を見ながら。

と、いう夢を見ました。あまりに鮮明に頭に残っていたので書いてしまいました。
たまにはこんなオイタもよかろう?
あしたもライブなんですから。
そろそろ寝ましょう。

VROOM LIVE INFO

1/13/sat--- 横浜ARENA SOUND HALL
http://www.iris.or.jp/~info-sh/
16:30 open / 17:00 start
adv 2,000 / door 2,500 *ドリンクチャージ無し
出演___ Pression(from Swiss) / 内核の波 / _ _ _ _*(テイヘン)/ Pink The Shell / SATORU

出順は4番目です。クオリティ高いライブハウスだし、面白いイベントになりそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大切な家族がいて、大切な妹がいる。
俺だってもう、大学まで行かせてもらった身でありながら、
そろそろ若者ではない年齢になりかけている中で、
いまだに音楽や、バンドにばかり入れ込んでいる間に、
金も時間もざぶざぶ使っている間に、
妹は今年から某音楽系の会社に就職が決まったし
(あまりこういう場で言うべきことじゃないかもしれないが)、
バイトしながらバンドをやっている俺なんかよりも、
はるかに良い収入と地位と安定を得ていくだろう。
はるかに親も安心するだろう。
我が妹ながら素晴らしい事だと思う。
よくやったな!と心から思う。

祝いこそすれ、喜びこそすれ、
そしてちょっとうらやましいかもと思ったり思わなかったりこそすれ、
それが、あんなことをする動機になるなんて、
いや、動機というもの自体がそもそも、
その本人の中でしか成立しない性質なのかもしれないが、
まず人として、まったく理解できない、したくないし、
ものすごく深く心をえぐられた。
そして同じく妹を持つ身として、他人事ではないから、
嫌でも俺はこのニュースには目を通さなきゃいけないと思い、
何とか一通り読んだ。

第一発見者は両親。

押入れの中からバラバラになって袋に入った、大切な自分の娘が現れる残酷さ。
この心痛たるや想像を絶する。

そしてさらに想像を絶するのはやった本人の心情。
言葉でなじられ、カッとなって、つい手が出てしまった、今は本当に反省している、
そういう事件ではない。

家に二人きりの時間を狙って、後ろから、確実にやれる方法で、
そしてその後の証拠隠滅まで抜かりない。
両親には、ペットが死んで押入れに入れてるからあけないで、
などと平気で嘘を突き通し、
取調べ中も、医者志望ならではの解剖学の知識で、
半ば得意げに、事細かにバラバラにした方法を説明する。
ここまでは記事を読んだことで、ここからは俺のイメージだが、
動機を聞かれたときは、もじもじと下を向いて、よく聞こえないような小さな声で、
それでいて半分開き直ったような口調で、ぼそぼそと喋る。
で、どうやってバラバラにしたかを聞かれたときだけ割と落ち着いて、
そこまで詳しく言わなくていいようなことまで、得意になって喋りだす。
そんな姿を、俺はイメージした。

俺の妹は、いくら俺がダメに見えたとしても、
今まで一度も何か文句を言ったり、馬鹿にしたりしたことはないし、
おそらく今後もそうであろうと思う。
お互いに努力をして、認め合える関係を続けることが出来るだろう。
どちらかが何か間違いを起こしそうだったら、
もう一人が元に戻しあえる関係でいるだろう。

ではもしも俺の妹が、悲痛にも亡くなられた彼女の、
そのニュースで言われているように、
(つまり犯人の主観による自供を、あえてそのままだと仮定して)
鋭く言葉でなじってくるような人間だったとしても、
俺は妹を憎むことはないと120%断言できる。
それは、両親が俺をそういう人間に育ててくれたおかげだし、
自分の中の非をまず認めるように教えてくれた先輩や友達のおかげだし、
そして俺は兄という、長男という立場だからである。
これは決して、彼女のご両親が悪いという意味ではない。
また勝手なイメージで申し訳ないが、
むしろ子供たちの為に精一杯頑張ってくれる、
すばらしい親御さんだったのではないかと俺は思っている。

前述したように、亡くなった彼女が、
人をなじるような嫌味な性格だった訳では断じてないのは、
皆さんよくお分かりだとは思いますが、
妹というのは自分の兄の情けない姿を見たくないものなのである。
こんな奴の妹でいたくない、と思ったら文句の一つも当然言うわけである。
妹だから、身内だから言えることもあるだろうし、
そこで、あいたたた、と、奮起して見返すのが兄たるもので、
そこで残した結果はきっと妹にも良い形で返っていくはずだ。
と、このように論じることそのものが何の意味も成さないほど、
最悪の事件からこの2007年は始まった。
もうこれ以上こういうニュースを聞かなくて済むことを心から願うばかりだが、
恐らく繰り返されるだろう、今年も、これからまだまだ繰り返される。
悲観の一つや二つはするが、
少なくとも俺は、素晴らしい家族や友達に恵まれてきた。
そんなニュースを聞くたび、いつもそれを痛感する。

すべての人に、素晴らしい人との出会いがありますように。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。
昨年見に来てくれてた皆様ありがとうございました。
今年もよろしくお願いいたします。

12月はどうやったって忙しい。
師走のスピードについて行くのにやっとで、
「良いお年を」の一言も更新できませんでしたが、
改めて去年一年を振り返ってみると、
いろいろな意味で実りもあり、それなりの焦りと余裕もあり、
今年はきっと、その延長線上にありながらも、
さらに重要な年になることであろうなと感じながら、
典の白橋君の素晴らしい家にお邪魔したり、
久しぶりの友達と飲んだり、
とりあえず正月は遊び倒しておりました。
おせちと焼肉は年をとるたびに美味に感じるね。

年が変わりました。
年が変わったけど、それが何かの区切りのようにはあまり感じなくて、
感じるとしてもたぶんそれは小さい頃に身についた習慣ていうか、
家族でおせちを食べたり、今年の抱負を口にしてみたり、
それを書初めにしてみたり、親戚にお年玉もらったり、
テレビが特番ばっかりだったり、年賀状が届いたり、
そうやってなんだか周りの雰囲気が変わるし、
それに乗じて自分が楽しんでいるだけで、
それ自体が自分の内面には変化を及ぼさないというか。
ただ非効率的なだけかもしれないけど、
たった365日で人生に区切りをつけることが俺にはどうしても出来ず、
振り返って反省して、先のことを考えたりは日々しているから、
結局ずっと、去年の続きの続きの続き・・・・。が続いている。
何かを失って、何かを得た時に初めて区切られた感じはする。
それが良いのか悪いのかはわからないけれどね。

でも、「俺は今年はこうするって決めたんだぜ?」ていう意思は、意外と強い気がする。
それはまあ、意地みたいなもんですよね。男の、ナルシスティックな、独りよがり的な。
けれど、一年間それを通したらやっぱり習慣になるし達成感もあるわけで。

結局、バンドや仕事や日々の生業の中でやらなくちゃいけないことがたくさんあるので、
個人的にこれをやるぞという余裕がないんですよね俺は:::。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »