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記念すべき50回目に大して上手くもない俺がドラムを語る時間がやってきましたよ

要するにシステムオブアダウンのドラムを馬鹿にしてるやつはいかがなものかと。
そういう人がいるかどうかは知りませんが。

このバンドの魅力の一つである、
展開の読めなさや、展開の急激さは、
もちろん素晴らしいリフの作りやボーカリゼイションの賜物でもあるけど、
ドラミングにほとんどフィルインがないということが非常にでかいわけです。
数多のロック/メタルバンドと比較しても、
彼らほどにめまぐるしく展開するバンドはなかなかいないし、
それを予期させないバンドもまたなかなかいない。
(今でこそベタな部分はあるが)

フィルをたくさん叩けるドラムが上手いか。
手数が多いドラムがかっこいいか。
いや、少なくとも俺は必ずしもそうではないと思うし、
むしろ手数など”限りなく”少ないほうが良いと考える人間の一人だ。

逆に、どこまでも気持ちよーく自由に無邪気に叩ききってくれる人も大好きだが、
それが楽曲として成立させられるドラマーはかなり熟練であって、
一見滅茶苦茶な画風に見えるピカソが実はデッサンが天才的に上手いっていう、
まあ当たり前っちゃ当たり前な話と同じで、
私たちがお金さえ払えば好きな時に手に入るような音源に収められた楽曲に、
そういう点がクリアされていないことはまずありえないはずだ。

シンプルさとは奥深いもので、たとえばTHE WHOのキース・ムーンのドラミングは、
ビートこそロック然としているものの、
かなり破天荒で連続的にパターン化されないまま楽曲は進み、
ほとんど何も規制がないにもかかわらずきっちり締まっている。
結果的に、THE WHOの曲で彼がドラムをプレイしていたことが、
もっとも「シンプルだ」と言えてしまう。
ものすごく手数が多いのに、結局はそれは必要なことだったと、この音楽には。

ドラムにおいてその手数とは、人と人との信頼の深さなのだと思う。
手数が多い場合、「そこに本当にその音は必要だったのか」という、
疑いを持ってしまうことが、時としてある。
それでは、バンド内でも、リスナーとの間でも、信頼は築けない。

で、システムオブアダウンのドラマー、名前も良く知らないけど、
セカンド「TOXICITY」の音像はものすごく生々しくて、
近年のリンキン・パーク的なコンプぶっ潰しサウンドからすれば、
物足りない、とおもっている人は、ごめんなさい、おいていきます。
生々しい音、録音された音は、内面も肉体も、
ごまかしようもないその人すべてであって、
世界中の多くの人々がCDを手に取り、何度も聴き、
ライブには世界中からファンが集まってくる、
という環境に現実におかれたミュージシャンが、
果たして何をそこに刻むのか、言わずもがな重大な責任である。

時にはその責任を完全に放棄したかのように感じられるロックサウンド、
これもまた多くの人々を魅了するものであることは疑いもないが、
それはリスナーの勝手な判断であって、本当に放棄しているのかどうかは、
本人の中にしか答えはない。

しかしどの道、すべてを含めた答えを音に刻まなくてはならない。
いや、もちろんプレイしている間は音楽に没頭するわけで、
そんなことを考えながらやっている人はいないだろう。
ではその前、俺は何をすべきなのか、
そしてその後、俺はすべきことをやり遂げたのだろうか。
それらの答えはすべてプレイにかかってくる。

今調べた。彼の名前は John Dolmayanさん。
あのトカゲギターの滑稽なほど単純で変態的なリフを、
ベーシストとともにさらにイメージを押し広げるパターン作りは素晴らしい。
かつ、パターンも単純。簡単。
で、これを聴き流せなかった、俺は。
このごまかしの効かない生々しい音の中に聴こえてくるパターンは、
屈強な肉体の耐久力と強固な基礎とアタマの柔軟さが感じ取れる。
そしてパターンが変わる瞬間、なにもしない。ひたすらパターンのみ。
聴いている方は、強固な基礎技術に裏付けられたパターンのループにノセられつつ、
パターンが何の予兆もなく急激に変化するので完全に裏切られる。
この裏切りが最高に気持ちがいい。
「うわあぁ」ってちょっと笑っちゃうようなかっこよさ。
かっこよくて、笑っちゃう時ってないか?
馬鹿にしてる気は全然なく、「うっわぁやべかっけぇぇーww」みたいな。

このバンドは、ドカドカ音を盛り込むことにかっこよさを求めることなく、
音を省くことで生まれた意外性とドラマ性を獲得している。
で、じゃあドラムに必要なことって何なのよ、て考えてしまうわけで。

ためしに「TOXICITY」を聴きながら隙間に何か音を入れられるか考えてみる。
・・・まあ、入れられない事もないけど・・・
・・・んー安っぽいな・・・
・・・いや、それは要らないだろ・・・
とまあ、そんな感じである。9割9分、これしかないなと。
言い換えれば、これしかないな、しかないなと。
それは結局他のパートや楽曲とのバランスの兼ね合いによって決まってくるわけだから、
そのバランスが完全に見切れているわけで、
まあ、それが見切れていないような音楽が果たして世界中で流通するわけがないのだが、
(120%金儲けだけで売っている場合は除く)
それにしてもこのシンプルさは特筆すべきものではないかと思う。

System Of A Down

とかいって、かなり今更すぎるけどね、チョイスが。
まあ、ちょっと思うことがあって書いてみました。
ドラムに迷ったなら、まずはこういうことから始めてみるのはいかがかな。
その音をまず自分が信じられるかどうか。
そしてメンバーを信じられるか、自分は信じさせられるかどうか。
バンドとリスナーの信頼関係の基礎を築くのはドラムであるから。

http://vroomtheband.info/

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