石川県能登地方で震度6強、1人死亡・117人重軽傷

25日午前9時42分ごろ、能登半島沖(輪島市の南西約30キロ)を震源とする地震があり、石川県輪島市と七尾市、穴水町で震度6強、同県能登町、志賀町、中能登町で震度6弱を観測した。

 珠洲市で震度5強、富山県射水市や富山市などで震度5弱を観測したほか、北陸から東海、近畿などの広い範囲で震度3以上の揺れを記録した。

 この地震で、輪島市内で倒壊した灯籠(とうろう)の下敷きになった女性1人が死亡。同市内で100棟以上が全半壊するなどし、読売新聞のまとめ(午後2時現在)では、石川、富山両県で少なくとも117人が重軽傷を負った。

 気象庁によると、震源の深さは約11キロ、マグニチュードは6・9と推定される。余震も続いており、午後1時までに67回の有感地震を記録した。

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大切な家族がいて、大切な妹がいる。
俺だってもう、大学まで行かせてもらった身でありながら、
そろそろ若者ではない年齢になりかけている中で、
いまだに音楽や、バンドにばかり入れ込んでいる間に、
金も時間もざぶざぶ使っている間に、
妹は今年から某音楽系の会社に就職が決まったし
(あまりこういう場で言うべきことじゃないかもしれないが)、
バイトしながらバンドをやっている俺なんかよりも、
はるかに良い収入と地位と安定を得ていくだろう。
はるかに親も安心するだろう。
我が妹ながら素晴らしい事だと思う。
よくやったな!と心から思う。

祝いこそすれ、喜びこそすれ、
そしてちょっとうらやましいかもと思ったり思わなかったりこそすれ、
それが、あんなことをする動機になるなんて、
いや、動機というもの自体がそもそも、
その本人の中でしか成立しない性質なのかもしれないが、
まず人として、まったく理解できない、したくないし、
ものすごく深く心をえぐられた。
そして同じく妹を持つ身として、他人事ではないから、
嫌でも俺はこのニュースには目を通さなきゃいけないと思い、
何とか一通り読んだ。

第一発見者は両親。

押入れの中からバラバラになって袋に入った、大切な自分の娘が現れる残酷さ。
この心痛たるや想像を絶する。

そしてさらに想像を絶するのはやった本人の心情。
言葉でなじられ、カッとなって、つい手が出てしまった、今は本当に反省している、
そういう事件ではない。

家に二人きりの時間を狙って、後ろから、確実にやれる方法で、
そしてその後の証拠隠滅まで抜かりない。
両親には、ペットが死んで押入れに入れてるからあけないで、
などと平気で嘘を突き通し、
取調べ中も、医者志望ならではの解剖学の知識で、
半ば得意げに、事細かにバラバラにした方法を説明する。
ここまでは記事を読んだことで、ここからは俺のイメージだが、
動機を聞かれたときは、もじもじと下を向いて、よく聞こえないような小さな声で、
それでいて半分開き直ったような口調で、ぼそぼそと喋る。
で、どうやってバラバラにしたかを聞かれたときだけ割と落ち着いて、
そこまで詳しく言わなくていいようなことまで、得意になって喋りだす。
そんな姿を、俺はイメージした。

俺の妹は、いくら俺がダメに見えたとしても、
今まで一度も何か文句を言ったり、馬鹿にしたりしたことはないし、
おそらく今後もそうであろうと思う。
お互いに努力をして、認め合える関係を続けることが出来るだろう。
どちらかが何か間違いを起こしそうだったら、
もう一人が元に戻しあえる関係でいるだろう。

ではもしも俺の妹が、悲痛にも亡くなられた彼女の、
そのニュースで言われているように、
(つまり犯人の主観による自供を、あえてそのままだと仮定して)
鋭く言葉でなじってくるような人間だったとしても、
俺は妹を憎むことはないと120%断言できる。
それは、両親が俺をそういう人間に育ててくれたおかげだし、
自分の中の非をまず認めるように教えてくれた先輩や友達のおかげだし、
そして俺は兄という、長男という立場だからである。
これは決して、彼女のご両親が悪いという意味ではない。
また勝手なイメージで申し訳ないが、
むしろ子供たちの為に精一杯頑張ってくれる、
すばらしい親御さんだったのではないかと俺は思っている。

前述したように、亡くなった彼女が、
人をなじるような嫌味な性格だった訳では断じてないのは、
皆さんよくお分かりだとは思いますが、
妹というのは自分の兄の情けない姿を見たくないものなのである。
こんな奴の妹でいたくない、と思ったら文句の一つも当然言うわけである。
妹だから、身内だから言えることもあるだろうし、
そこで、あいたたた、と、奮起して見返すのが兄たるもので、
そこで残した結果はきっと妹にも良い形で返っていくはずだ。
と、このように論じることそのものが何の意味も成さないほど、
最悪の事件からこの2007年は始まった。
もうこれ以上こういうニュースを聞かなくて済むことを心から願うばかりだが、
恐らく繰り返されるだろう、今年も、これからまだまだ繰り返される。
悲観の一つや二つはするが、
少なくとも俺は、素晴らしい家族や友達に恵まれてきた。
そんなニュースを聞くたび、いつもそれを痛感する。

すべての人に、素晴らしい人との出会いがありますように。

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